自分の名前もDQNネームかもしれないよ!

11月 7, 2012 under もろもろ

マイナビニュースに「兄夫婦が、生まれた娘に「心愛」とかいて「ココア」と名づけようとしています」という悩み相談がありました。
インターネットが普及してからよく叩かれるようになったDQNネームですが、どこからがDQNネームであるのかもまた微妙な線引きだと私は思っています。

私個人の意見としては、漢字と読み方があまりにもかけ離れているような場合はDQNネームと呼んでもいいのかなと思っています。
当て字以外に考えられない名前は結構ありますからね。
ただし、読めるからといってDQNネームに当てはまらないかと言えばそうでもない気がするのです。

私の世代にはやたらと“○子”という名前が沢山存在しました。
年賀状を書く時に何回“子”を書いたことか(笑)。
正直言って、同世代の年賀状を書くのはうんざりと思っていることがよくあります。
私は表だけは絶対に手書きにすると決めているので、今でも「ああ、また“子”の季節がやってきた」と思ってしまうのです。

だからと言って、当時は多かった“○子”がいい名前なのかは微妙です。
私の名前には子が付かないのですが、私の母親世代も“○子”が多いです。
子どもが多い時代だから、いちいち意味まで考えてつけていられないというのがあったのでしょうね。
その名残が私の世代まで残っていたように思うのです。
それなりに名前に願いを込めてつけているのかもしれませんが、いい名前とはとても言えない気がするのです。

その当時は“○子”以外の名前が少なかったので、もしかしたら私のような名前は今で言うDQNネームに当たったかもしれません。
決して少なくはない名前ですが、クラスの1/3~1/2が“○子”だったことを考えると、やはり目立つ名前ではありました。

時を遡ると、今の80代や90代はもっとDQNネームと言えるかもしれません。
私が介護職に就いていた時は「どういう意味合いでこの名前を付けたのだろう?」と思う名前が沢山存在しました。
思い付くだけで書いてみますと、ます・きち・ふさ・きみ・ちよなどになります。
今のように情報が入る時代ではないので、流行なんてあまりなかった時代だったと思います。
私の母方の祖母はいちだったし、名前というよりも記号に近い感じがします。

子どもが少なくなった時代、人の子どもの名前にいちいち気に留めてしまう暇人が増えたというのはあるかもしれません。
昔の名前を見てみると、そういうことを考えずにつけたとしか思えない名前が多いのですから。
よく「歳を取った時におかしな感じになる」と仰る人がいますが、今の子どもが大人になった時に周りに変わった名前が多いのであれば、何ら問題ないかもしれませんよね?

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